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【紅緒文庫からのご案内】「美しくなるにつれて若くなる」(白洲正子著 角川春樹事務所刊 ランティエ叢書)-cafe' de 紅緒

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【紅緒文庫からのご案内】

 

「美しくなるにつれて若くなる」

(白洲正子著 角川春樹事務所刊 ランティエ叢書)

 

  「人間」に年などありません。

  若くとも一所にじっとしているならば、

  それは既に老いたのです。 

                    「たしなみについて」より

 

「たしなみについて」

「あの人は他人のことはよく解るくせに自分のことはちっとも解らない」

よく私たちは、うっかりそういうことがあります。

けれども、それは実際において有り得べきことではありません。

人のことがほんとうに解れば自分のことも解り、自分がよく見えれば人の姿もただ一べつですむはずです。

 また、人間というものは絶え間なく育つものです。ですから相手は何十年来の知人でも、会うたびにめずらしく感じられるのです。

「あの人はちっとも変わらない」といって喜ぶのは、

ある場合いい意味にもなりましょうが、実はちっとも成長していなかったという

悲しむべき結果であることもあります。

(中略)

「美」というものはたった一つしかなく、いつでも新しくいつでも古いのです。その「つねなるもの」は、しかし大きくも小さくもなります。

(中略)

人間の美しさも、無知なものと知恵にあふれたものの美しさとでは、いずれが上というわけではありませんが、違います。

(中略)

頭は使わなければさびつきます。人間も磨かなければ曇ります。

若いころ美男だった人が三十になるとふつうの男になり、四十過ぎると見られなくなるのは、みんな自分のせいです。時間のせいではありません。本来ならば、人間は老人になればなるほど美しくなっていいはずです。

(中略)

要するにこれもまた中身の問題であって、ファッションブックなんかいくらめくっても解ることではありません。

(中略)

利休が若いころ、庭掃除をしてうるわしく掃き浄めた後,紅葉の木の葉を散らしておいた、というのは有名な話です。

(中略)

 

「知恵というもの」

(中略)

昔あるところに一人の男がいて、その者は機械についての知識は皆無であったが

水車を動かすことが非常に上手であったので仕合せに暮らしていた。

ある日ふとしたことから水車の構造に不審の念を抱いて、その回転する理由を考え始めた。

(中略)

この場合、水車を動かすものが知恵であって、水車の構造及び水流その他は知識です。知恵は総合的であり、知識は分析的であるともいえます。

(中略)

しかし、よくよく思えば、私たちもこの男のように、ものが割り切れ、ものを理解できることの快感に、ともすれば、水車の存在という、根本的なものを忘れがちではないでしょうか。

その話に続いて、私の連想は次の問答にはしります。

道元という偉い禅僧は永平寺をおこした人ですが、その人が中国に渡ったとき、宋の禅林において、ある一つの教えを受けました、、、。

 

 

「進歩ということ」

(中略)

否定をも否定し尽くせば、すなわち肯定となる。

こんな優しい理論はないでしょう。しかし、そこが「終わり」と思ってはいけません。それが「さとり」と安心してはいけません。

それは、まだほんとに今しがた始まったばかりなのですから。

多くの人は、始まりもしないで死んでしまいます。それではこの世に生まれなかったも同然です。

(中略)

 

 

「創造の意味」

(中略)

私たちは死ぬことより生きなくてはなりません。

極楽浄土は西の彼方にあるのではなく、この地上にあるのです。

(中略)

創造というのは、そのように新しくつくるというよりも、既にあるものをそのままで大きく完成させていくことです。新しいものは、びっくり箱のように、いきなりこの世の中に飛び出してくるものではありません。

(中略)

人間の命は短い。五十年としても二万日に足りません。西洋のことわざに、「今」よりほかのタイムはない、というのがあります。何でも、今しなくてはいつまでたってもできないのです。

(中略)

 

  白洲正(Wikipedia)   https://goo.gl/jCQ28j

 

《ランティエ叢書》

ランティエとは、十九世紀末のパリの都市文化が産み落とした高等遊民(隠居的生活者)の総称である。

若いときは仕事に身を砕き、中年以降は世俗を離れ、旅、登山、釣り、自動車レース、グルメ、オペラ観劇など、それまで貴族が独占してきた愉しみを、庶民の生活に持ち込み定着させた。

 

ランティエは西洋だけの独創ではない。

我が国に目を転じれば、文人墨客の伝統がある。西行、兼好、利休、西鶴、芭蕉と、見渡せば西洋に先んじ多くのランティエを輩出させてきた。

生きるに値する人生とは何か?

「ランティエ叢書」は、豊かさと幸福の発見、消費文化に消費されない心の拠りどころとして、日本の風土、伝統、美意識を伝承する永遠の図書館たらんことを願っている。(1997年7月 角川春樹)